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当たり前を覆す力『ブロード街の12日間』デボラ・ホプキンソン著【課題図書2015】

 

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登場人物の一覧

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第1章 泥さらい

 

 1854年ヴィクトリア朝ロンドン。

 主人公の少年イール(日本語でウナギの意味。あだ名。)は、街のワル、フィッシュアイ・タイラーから身を隠しながら生きていた。

 

  彼にはヘンリーという小さな弟がいるが、イールは弟の存在を誰にも明かしていない。もし、フィッシュアイに見つかってしまうと、イール自身は痛い目にあわされ、ヘンリーは泥棒か物乞いに仕立て上げられるからだ。

 

  ヘンリーの預け先に支払う養育費を稼がないといけないこともあり、イールはテムズ川の泥さらい・ライオン醸造所のメッセンジャーボーイ・仕立屋グリッグズさんのお手伝い、麻酔医ジョン・スノウ博士の助手など、複数の仕事を掛け持ちしている。

 

  必死に働くイールだったが、ある日、ライオン醸造所のオーナーの甥っ子、いじわるハグジーに大事なお金を盗まれる。そのうえ、そのお金はイールが職場で盗んだように仕立て上げられてしまい、このままだとクビの危機に立たされてしまう。

 

  お金の出所を証明するため、仕立て屋グリッグズの家を訪れるイールだったが、いつも忙しそうにしているグリッグズの姿はない。彼は重い病気にかかっていた。激しい痛みと、シーツについている白い粒。イールは結局用件を言い出せずに帰らざるをえなかった。グリッグズは「青い恐怖」コレラに感染していたのだ。

 

第二部「青い恐怖」

 

  結局、仕立て屋グリッグズは死んでしまう。彼以外にも感染者が続出し、ブロード街には石灰が撒かれ、このあたりに近寄ってはならないという旗印が街頭にかかげられた。

 

  さらに悪いことに、グリッグズの奥さんとちいさな息子のバーニーもコレラにかかる。症状は重く、かかりつけの医者も打つ手がない。イールはひょっとしたらジョン・スノウ博士が何とかしてくれるのではないかと思い立ち、助けを求める。当時コレラは汚れた空気「瘴気」によって感染すると何世紀にもわたって信じられていた。

 

   スノウ博士は、原因は別にあると思っているようだが、イールにはまだそれがなにかはわからない。いまのところ博士の考えに耳を傾ける人はほとんどいない。博士いわく

「何百年にもわたっていわれてきたことを否定するのは、かんたんなことじゃない」

 

 スノウ博士は病気を引き起こす物質の経口摂取、おそらく水が原因であり、コレラの発生地域の中心にあるブロード街の井戸をあやしんでいた。しかし、ブロード街の水は澄んでいて味がいいという評判で、一方空気は淀んでひどく悪臭がしているため、水が原因と言われてもなかなか受け入れられない。

 

  コレラ菌が目で見えればよいのだが、それもできない。他の方法で、汚染された水が原因であると立証しなくてはいけない。ポンプや水を調べるスノウ博士にいらだつイール。水も大事だろうけれど、今苦しんでいる、ちいさな子どもを助けてくれないのか?尋ねるイールに「わたしは薬を持っていない」と告げる博士。結局イールの手を握りながら、かわいそうな子どもは死んでしまった。最期をみとった後、イールは博士の元に戻り、コレラの原因を突き止める決心をする。

 第三部 調査

  小さな子どもの死に立ち会ったイールは、弟ヘンリーのことが心配になる。ヘンリーは無事だった。フィッシュアイもふたりの所在を感づいた様子はない。フィッシュアイは兄弟の義理の父なので、みつからないようにするには細心の注意が必要だった。

 

   スノウ博士は「青い恐怖」の症状が嘔吐と下痢なので、患者はなにか悪いものを食べたか飲んだかした。最終的には地元の委員会にかけあい、ブロード街の井戸水を汲むポンプのハンドルをはずしてもらうつもりだとイールに説明する。そのためにはまず、ブロード街とその周辺の地図を描くこと、コレラで亡くなった人の名前、住所、亡くなった日時がわかるリストをつくること。

 

   ここまでできたら、調査開始。彼らがどこから水を入手していたのか一軒一軒聞いていく。スノウ博士の仮説が正しければ、その中心はブロード街の井戸になるはずだ。

 

 地道な聞き取り調査の結果、中心はブロード街の井戸を示している。だが決定的なデータがなく、管理委員会が井戸を止める決断を下してくれるか未だ微妙だった。人の考えを変えるのはかんたんなことではない。

 

   説得するためには「突発的な例外」が必要だ。すなわち、コレラが発生していない遠い地域で暮らす人が、ブロード街の井戸水を飲んでコレラにかかっていたら。たとえば、誰かが運んだ水で。ひょんなことから、イールはブロード街の水を運んでもらっていた老婦人の存在を知る。そして彼女がコレラで亡くなったことも、周辺では他にコレラにかかった人はいないことも。

 

 第4章 ブロード街の井戸

  ついに「突発的な例外」を見つけて興奮したイールは、周囲に気を配ることを忘れていた・・・。何者かに頭を殴られ、イールは誘拐されてしまう。犯人はもちろん、義父のフィッシュアイだった。

 

  しばられて身動きの取れないイールを、泥さらいの仲間が助けてくれ、命拾いをする。安心したのもつかの間で、イールはコレラの原因を説明するための委員会に急ぎむかう。委員会や周囲の大人は、コレラの原因が水だと納得してくれるだろうか?

 

 イールの必死の説明により、井戸のポンプははずされた。以前盗みを疑われたライオン醸造所の親方とも再会し、ようやく事情を説明することもできた。

 

第5章 最後の死者、そして最初の患者

 

井戸のポンプをはずしてから、コレラは勢いを失って事態は収束した。最初の患者と、コレラの感染経路も判明した。イールと弟ヘンリーの身元を引き受けてくれる人も現れた。

 

ブロード街の12日間

ブロード街の12日間

 感想

  19世紀イギリス。ロンドンのブロード街でコレラが発生。当時コレラは感染の原因が分かっておらず、悪い空気、いわゆる”瘴気”が原因だと長い間考えられていました。この原因に疑問を持ち、疫学的アプローチで水が原因であることをつきとめたのがジョン・スノウ博士。この史実をもとにしたおはなしです。

 

  主人公イールやフローリーといった謎解きに重要な役割を果たす登場人物は作者の創作ですが、ジョン・スノウ博士、ジェーン・ウェザーバーン、ライオン醸造所のハギンズ兄弟などは実在しています。本当の部分と創作の部分のバランスが良かったので、深刻な事態を描いたノンフィクションとして生真面目に読んでいくのではなく、期限内に謎を解いてみせるミステリとして楽しく読むことができました。

 

  それにしても主人公のイール。両親を亡くし、自分もまだまだ子供なのにちいさな弟を養うべく仕事を掛け持ちしながら生活するだけのも相当大変なのに、コレラだの自分を狙う半グレだの次から次へと困難な事態がおこります。そんな事態を両親が与えてくれた教育と、気力と、仲間たちの助力で乗り越えていくイールをつい応援したくなります。もし私が当時のイギリスで生きていたとしたら、即効コレラで死んでるでしょう(>_<)。

    

 頑張っているのはイールだけではなく、ジョン・スノウ博士も同様でした。周囲の皆が当たり前と思っていることに異を唱えることはとてもパワーのいることです。ましてや意見を変えさせるなんて。批判や嘲笑をある程度予想していても、つらい現実が変わるわけではありません。そこで「自分だけが知っていればいいや、で完結しない。人命がかかっているからといっても、頭が下がります。